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2007年12月14日

いわゆる「従軍慰安婦」 第2回

[日本の歴史]

では、今回はこの件を国家の問題になるように種をまいた人の話をします。


■種をまいたのは日本の主婦


1989年、史上初めて
「慰安婦に国家が謝罪と補償をすべき」
という意見が表明されました。

『朝日ジャーナル』5月19日号に掲載された
「日本国は朝鮮と朝鮮人に公式に陳謝せよ」
という意見広告でした。

これは、以降、隔週で全15回掲載されたそうです。


この広告主は、

「朝鮮と朝鮮人に公式謝罪を百人委員会」

という市民団体でした。名前だけ聞くと何やら大きな組織のようなきがしますが、実際に中心になって動いていたのは、大分市の主婦A氏と在日朝鮮人のB氏の二人でした。


1989年11月19日、A氏とB氏は韓国を訪問。日本政府に謝罪と補償を求める裁判を起こす原告にするための戦争犠牲者を探して回ったそうです。しかし、特別な人脈もないため大した成果を上げられず3日後帰国しました。

この時、この2人の訪問を受けた毎日新聞ソウル支局の記者は、

歴史の発掘という努力はともかく「原告を探す」という発想には驚いた

と語っています。


この成果を得られなかった「犠牲者探し」から数週間後、2人の元にソウルの

「太平洋戦争犠牲者遺族会」

から協力したいとの申し入れが来ました。
この申し入れを受けた大分市の主婦A氏は90年3月に再び韓国を訪問。「遺族会」は1000人の会員を動員して説明会を開催し、そこでA氏はこのようなことを言ったそうです。

「最初は10人を原告として裁判を始めたいと思います!」

「しかし、この10人の背後には多くの原告がいることを明らかにするために委任状をできるだけ多く欲しいのです」

「裁判に必要な費用は今、日本で400万円準備しています」

「たくさんの委任状を背景にまず10人を原告として裁判を始める予定です!」


その後、説明会に参加した「遺族会」の会員は日本大使館にむけてデモ行進を行いました。

つまり、このように火種をまいたのは日本の反日活動派なのであります。

はー、、、ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ。。。

次回は、その後の広がりについてお送りしたいと思います。


--- [ 参考書籍 ] ---
新・ゴーマニズム宣言 第4巻
特別編 従軍慰安婦論争はもう終わっている!
著者 小林よしのり

新・ゴーマニズム宣言〈第4巻〉




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投稿者 zunichi : 2007年12月14日 22:25

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