2007年08月15日

いわゆる「A級戦犯」 第5回

お待たせしました、第5回をお送りします。まあ、誰も待ってないでしょうが。(笑)

今回も第4回に引き続き、インドのパール判事について紹介していきます。パール判事の「東京裁判」に対する判決・主張については前回に書いたとおりですが、その他にもパール判事の考えを知ることのできるエピソードなどを紹介します。


■■■パール判事の真意とは?■■■

東京裁判から4年後、パール氏は再来日し、広島を訪れて原爆慰霊碑に献花したそうです。しかし、その慰霊碑に書かれた碑文、


「安らかに眠ってください。
過ちは繰り返しませぬから。」


を見て、こう仰ったそうです。


この「過ちは繰り返しませぬ」という過ちは誰の行為を指しているのか。もちろん日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか。私は疑う。

ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落としたものは日本人でないことは明瞭である。

落とした者が責任の所在を明らかにして「二度と再びこの過ちは犯さぬ」というのなら肯ける。


この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。

さらにアメリカはABCD包囲網をつくり、日本を経済的に封鎖し、石油禁輸まで行って挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。

アメリカこそ開戦の責任者である。

そして、パール氏はこのように思ったそうです。


東京裁判で何もかも悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ。

現在の日本でも、太平洋戦争に関する報道などには「日本のことにしかふれない」ものが数多くあります。戦った相手国やそこにいたった背景というものが語られず、「日本人が日本人を苦しめた」「日本が悪かった」というものばかり。

あの時代、世界はどうだったのか?
その中にある日本はどういう状況だったのか?

そういった視点で考えてみませんか?


次回は、、テーマ未定です。(笑)

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投稿者 zunichi : 15:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年04月08日

いわゆる「A級戦犯」 第4回

前回から年を越してしまいましたね。お待たせしました、4回目です。前回は「東京裁判」についての話でした。今回はその「東京裁判」で判事としての職務についていた、インド人のパール判事について解説していきます。

「東京裁判」には11人の判事がいましたが、その中で唯一の国際法学者がインド代表判事、ラダ・ビノード・パール博士でした。また、パール判事は自らの判決文の中で「全員無罪」を主張したのです。それはなぜでしょうか?

■■■「東京裁判」について■■■
パール判事は、自らの判決書で「東京裁判」のことをこう評しました。

「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行うことは、敗戦者を即時殺戮した昔と、われわれの時代との間に横たわるところの、数世紀にわたる文明を抹殺するものである。」

日本でもそうですが、戦国時代やそれ以前の歴史の中では、戦で勝った者が負けた者を一方的に裁いていました。しかし、長い年月の流れの中で、そういった裁きは野蛮な行為であり法の下に人は平等に裁かれなければならないという考えが浸透し、そういう文明を築き上げてきたはずなのに、「東京裁判」はその文明を逆行したものになっている。というパール判事の訴えです。


■■■何故「全員無罪」なのか?■■■
パール判事は日本が好きだったからでしょうか?被告人に同情でもしたのでしょうか?パール氏の信念は次のようなものでした。

「私は正しき法を適用したに過ぎない。何の法的根拠も無く勝者が敗者を裁く蛮行を見逃すことはできない。この"裁判"の一番の被害者は"法の真理"である。」


第5回へつづく・・・

いわゆる「A級戦犯」 第1回
いわゆる「A級戦犯」 第2回
いわゆる「A級戦犯」 第3回

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投稿者 zunichi : 22:56 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月29日

いわゆる「A級戦犯」 第3回

前回より大分間が空いてしまいましたが、やっと3回目をお送りします。今回は、いわゆる「A級戦犯」を裁いた「東京裁判」について簡単に解説していきたいと思います。

「東京裁判」の正式名称は「極東国際軍事裁判」といい、第2次世界大戦の戦勝国が敗戦国を裁くために行われたものです。

裁判長は、オーストラリア代表。
判事は、カナダ、中華民国、オランダ、フランス、ニュージーランド、ソ連、イギリス、アメリカ、インド、フィリピン。
すべて戦勝国とその植民地の国から選ばれており、敗戦国や中立国からは一人の裁判官も出てはいません。

これだけを見ても、正当な裁判が行われるとはとても思えない訳です。
さらに裁判が開廷されるには当然ながら法的な根拠がいります。現在の日本もそうですが、裁判に訴えたとしても、裁判を行うに足りうる十分な法的根拠がなければその訴えは棄却されます。

ではどのような根拠でこの裁判は行われたのでしょうか?
戦勝連合国側は、この裁判を「ポツダム宣言」第10項に基づくとしていました。その条文には捕虜の虐待などの通常の戦争犯罪の処罰しか求めておらず、国家指導者を裁判にかけるなどという文言はどこにも書いてません。

「平和に対する罪」とか「人道に対する罪」などが定義されている法律なんて無いのにも拘らず、いわゆる「A級戦犯」の人たちはこういった罪で裁かれました。

また、捕虜に対する虐待とかちゃんと法律もあって定義されている犯罪に対しても裁かれたのは敗戦国のみであり戦勝国側は一切裁かれていません。

「事後法の禁止」・「法の平等適用」といった法治社会の鉄則は完全に無視されていた、でたらめ裁判。。それが「東京裁判」なのです。
単なる復習の儀式以外のなにものでもなかったわけです。このような裁判で裁かれた人たちを「戦犯」と呼べるのでしょうか?

いわゆるの所以はまさにここにあるわけです。裁判が裁判として成り立ってない以上、いわゆる「A級戦犯」でしかないのです。

次回は、この裁判で唯一「全員無罪」を主張したインドのパール判事について解説してみたいと思います。ではまた。。

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投稿者 zunichi : 20:16 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月08日

いわゆる「A級戦犯」 第2回

前回は、いわゆる「A級戦犯」とされた人々について紹介しました。名前のみですが。(笑)

今回は、「A級戦犯」の「A級」と「BC級戦犯」の「B級」・「C級」ってどんな違いで分けられていたのか?というのを紹介したいと思います。

イメージだけでいうと、「C級」より「B級」、「B級」より「A級」のが上という感じですね。「戦犯」ということですからその罪の重さの違いと思ってしまいますが、、、そうではないんです。

例えば、前回紹介した「A級戦犯」のうち、死刑になった人は7人います。じゃあ、死刑になった人は7人だけなんだ~っと思ったら大間違いです。その他にも「BC級戦犯」の中から1061人の方々が死刑になっているのです。

では、ABC級とはどのような違いを意味しているのかといいますと、
「A級」→戦争を遂行した国家指導者など
「B級」→戦場で命令する立場にいた指揮官など
「C級」→実行した兵隊など
という戦勝連合国側の便宜上の分類だったわけです。しかも、「B級」と「C級」には区別がはっきりしないことが殆どで、一括して「BC級戦犯」といわれることが多かったそうです。

また、罪の重さではないが、その種類分けとしての意味も一応あったわけですがそれは以下のような分類でした。
「A級犯罪」→平和に対する罪
「B級犯罪」→通常の戦争犯罪
「C級犯罪」→人道に対する罪
実はこれはドイツを裁く時に使用されたもので、それをそのまま用いて日本を裁こうとしたという訳です。

どうでしょうか?お分かりいただけたでしょうか?
まあ、分類については書いたとおりなのですが。。。

で、なんで「A級戦犯」の合祀だけが問題になって「BC級戦犯」の合祀については問題にならないのか?という疑問が浮かんできます。死刑になった人はA級にもB級にもC級にもいる訳ですしね。。

次回は、いわゆる「戦犯」を裁くために行われた”東京裁判”について解説します。ではまた。。

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投稿者 zunichi : 20:39 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月03日

いわゆる「A級戦犯」 第1回

最近に限ったことではないですが、首相の靖国参拝などの話題と共に語られるいわゆる「A級戦犯」という言葉とそう呼ばれている故人の方々がいる。

しかし、「A級戦犯」という言葉は知っていても、そもそもその中にはどういった人達がいるのか知らない、知っていても東条英機しか知らないという人がきっと大半だと思います。私も1年くらい前まではそうでした。

そこでまずは、いわゆる「A級戦犯」と言われている人達は何人いて、どういう人がいるのかを知ることからはじめるべきだと思いますので、ご紹介していきます。


いわゆる「A級戦犯」とされた人:全28人

■処刑された人々:7人
東条 英機(とうじょう ひでき) 陸軍大臣/総理大臣
広田 弘毅(ひろた こうき) 外務大臣/総理大臣
板垣 征四郎(いたがき せいしろう) 陸軍大将
土肥原 賢二(どいはら けんじ) 陸軍大将
木村 兵太郎(きむら へいたろう) 陸軍大将
武藤 章(むとう あきら) 陸軍中将
松井 石根(まつい いわね) 陸軍大将

■獄死した人々:7人
松岡 洋右(まつおか ようすけ) 外務大臣
東郷 茂徳(とうごう しげのり) 外務大臣
白鳥 敏夫(しらとり としお) 駐イタリア大使
永野 修身(ながの おさみ) 軍令部総長
梅津 美治朗(うめづ よしじろう) 陸軍大将
小磯 国昭(こいそ くにあき) 陸軍大将/総理大臣
平沼 騏一郎(ひらぬま きいちろう) 総理大臣

■名誉を回復した人々:14人
大川 周明(おおかわ しゅうめい) 思想家
木戸 幸一(きど こういち) 内務大臣
南 次郎(みなみ じろう) 陸軍大将
畑 俊六(はた しゅんろく) 陸軍元帥
橋本 欣五郎(はしもと きんごろう) 陸軍大佐
荒木 貞夫(あらき さだお) 陸軍大将
大島 浩(おおしま ひろし) 陸軍中将/駐ドイツ大使
佐藤 賢了(さとう けんりょう) 陸軍中将/軍務局長
鈴木 貞一(すずき ていいち) 陸軍中将/企画院総裁
嶋田 繁太郎(しまだ しげたろう) 海軍大将/海軍大臣
岡 敬純(おか たかずみ) 海軍中将/軍務局長
星野 直樹(ほしの なおき) 満州国総務長官
賀屋 興宣(かや おきのり) 大蔵大臣
重光 葵(しげみつ まもる) 外務大臣


以上が、いわゆる「A級戦犯」と言われている人たち全員です。どうですか?東条英機は分かってもそれ以外で知っている人はいるでしょうか?あんまりいないですよね~。学校の歴史の時間でもここまでは習わないし、教えてもくれないと思います。

でも、靖国参拝などで問題になるのは「A級戦犯」の合祀なわけですが、その「A級戦犯」といわれている人は誰なのか、どういう人なのかを知らなければ、このことを考えることも話すこともできないですからね。まずはこれだけの、こういう名前の人たちのことなんだな~ということを知っていただければと思います。

次回は、「A級戦犯」の「A級」ってなんなのか?「B級」や「C級」と何が違うのかなどについて解説したいと思います。ではまた。。

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投稿者 zunichi : 22:18 | コメント (0) | トラックバック

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